秘密の地図を描こう
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「……そんな風に眉間にしわを寄せていると、跡が付きますわよ、カガリ」
ラクスがそう言ってくる。
「女性として、それはまずいのではありませんか?」
まして、自分達は人前に出なければならない立場の人間だ。その容姿も武器になるのに、と彼女は続けた。
「わかっている」
確かに、一応『美人』と言われている自分の外見が役立ったことも少なくはない。しかし、だ。
「だが、その原因を作った人間には言われたくない」
元はと言えば、お前たちが……とカガリは続けようとした。
「原因を作ったのはわたくし達ではありませんでしょう?」
だが、それよりも早く彼女が言い返してくる。
「セイランとブルーコスモスではありませんか? いえ。突き詰めていけば、彼らを掌握しきれなかったあなた、と言うことになりますわよ?」
自分の力量不足が今回の事態を招いたのではないか。彼女はさらに言葉を重ねる。
「何よりも、あなたがここにいると言うことが、今後必要になります」
「……だが、私は……」
オーブの代表だ。そして、オーブの国民のために自分ができる中で最善の判断をしたつもりだった。
しかし、ラクスはそれを認めてくれないらしい。
口ではかなわないと知っている。しかし、一矢報いてやらなければ気が済まない。何と言えばいいのだろうか、と思ったときだ。
「近いうちに、キラが動きます」
静かな声でラクスがそう言う。
「連絡が?」
「いえ。でも、キラの性格を考えればわかることです」
おそらく、少しでも早く戦争を終わらせようとするだろう。
「しかし……それでまた、キラは傷つくでしょう」
それは否定できない。彼はすべてを自分だけで抱え込もうとするのだ。
「ですから、あなたをさらわせていただきましたの」
微笑みながらラクスはそう締めくくる。
「だから、そのつながりが理解できない!」
何をどうすればそういう結論になるのか、とカガリは言う。
「あなたが地球軍に拘束されていると、キラが自由に動けません。キラがどれだけあなたを大切に思っているか、ご存じでしょう?」
彼がプラントに残ることを選択した理由が、カガリの判断に制約を与えないためだと言ったらどうするのか。彼女はそう問いかけてくる。
「何故?」
「入院しているときに、彼の身柄がセイランに確保されたら、あなたはもっと早くに彼らに屈していたでしょう」
違いますか? と言われて否定できない。
「キラは……私のたった一人の弟だからな」
カガリは呟くように言い返す。同時に、彼がそこまで考えていたのか、と思わずにいられない。
「しかし、私がここにいても何もできない」
「今は、でしょう?」
これからもそうだとは限らないではないか。ラクスはそう言って微笑む。
「あなたに必要なのは、一度、外からオーブを見つめることです。他国の者達がどう考えているか。それを知ってこそ、とるべき道が見つかるのかもしれません」
自分がそうであったように、と彼女は続ける。
「そして、今、オーブが決定していることはあなたが関与していないことだと言い切れますわ」
どのような結果になっても、と言われて、カガリは思わず目を丸くした。
「……ラクス……」
確かに、そう言えるかもしれない。だが、それは詭弁ではないのか。
「そういう詭弁も必要になるのですわ。政治の世界では」
いい加減、カガリも覚えていいのではないか、とラクスは言外に告げる。
「……ともかく、だ」
ため息とともにカガリは言葉を口にする。
「私がここにいれば、キラは自由に動けるのだな?」
「少なくとも、オーブの思惑からは、ですが」
プラント側はわからない。しかし、ギルバートには彼を束縛するつもりはないだろう。
「ですから、今はわたくし達と一緒にここでおとなしくしていてください」
もっとも、その前に別の誰かが帰ってくるかもしれないが。彼女はそう付け加える。
「別の誰か? アスランか?」
帰ってくるのか、あいつは……と思わず言い返してしまう。
「あいつのことだ。キラの顔を見たら『絶対に離れない』と言いそうだぞ」
「あり得ますわね。もっとも、アスランでもかなわない方がキラのそばにはいらっしゃいますが」
追い出されて終わるのではないか。ラクスはそう言って笑みを深める。
「どちらにしろ、わたくし達が今できることは待つことだけでしょう」
その日まで、できる限りの準備を整えておきたい。そう言う彼女にカガリも静かに同意の言葉を口にした。